秦野市東海大学前駅の不動産会社松屋不動産二代目社長のつれづれ日記

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『トークショーの依頼に了解を得るまで2時間』ミスターマリノス木村和司『あの伝説のフリーキックをもう一度実行委員会』中野一哉の想い

今回、木村和司さんのトークショーのお相手を務めさせていただきます中野です。

どうぞよろしくお願いいたします。

和司さんとは今から8年前、あるトークショーのお相手を私がさせていただいてからの

おつきあいになります。

でも前回以上のお話を皆さんに披露できると今から確信してます。

それは、和司さんんが『裏切られ続けても愛してやまないマリノスの監督』をなさったあと

だからです。

僕にとっての木村和司さんは、実はサッカーをやっていた時の完全なリアルタイム

プレーヤーではありません。僕がやっていた時代はむしろ釜本邦茂さんの全盛期で、

子どもたちの憧れの背番号は『9』。ストライカーの番号です。

その憧れの番号を『10』に変えたのが、当時読売クラブに来日し、ブラジル仕込みの

テクニックで僕らサッカーファンを驚かせたラモス瑠偉さんであり、我らが『日本人プロプレーヤー第一号』である木村和司さんだったと思います。

1985年

あのドーハの悲劇よりも、もっと前

日本がW杯初出場を果たす13年も前に、日本がW杯に限りなく近づいた年が1985

年でした。最終予選 対韓国戦

そこで生まれた伝説の40Mフリーキック。

当時、フリーキックを直接ゴールに入れるなんてことが、日本人のプレーヤーには到底

出来ないと思ってた時代に和司さんが蹴った曲がって落ちるフリーキックは、本当に

『衝撃的』と言えるものでした。テレビで見ていた僕はこのとき20歳。

それから20年間、ずっと『会ってみたい』と思ってた方に40歳の時に初めてお会いした

時の興奮は忘れません。

その時もトークショーの依頼でした。和司さんのご自宅まで。説得すること2時間

『サッカを知らない人とは話さえしない』と聞いていた和司さんが

『あんたなら大丈夫じゃろ』

と言ってくださった時の笑顔は本当に忘れることができません。

それ以来、様々な場面で交流をさせていただきました。ですが和司さんは

『現場』に戻ることをしませんでした。つまり『監督』という指導者としての現場に。

お話がなかったわけではありません。むしろあったのを断り続けていらっしゃいました。

実はそこにはすごくすごく深い『想い』があるのです。

マリノスファンの方々であれば、たぶん聞いたら泣いちゃうんじゃないかな(笑)

サッカーだけではなく、人の一生の中で、この『想い』が一番大事だと想うのです。

今回、地元東海大学の方々に、そして木村和司さんに少しでも興味を持っていただい

ている方々にと思い、SNS上でつぶやいた僕の一言に熱い『想い』を持った方々が

たくさん賛同してくださって、開催の運びとなりました。本当にうれしく想ってます。

ですから、今回のトークショーの中で、そんな『想い』を皆さんに伝えることが僕の

使命だと想ってます。和司さんにも言えないこともあると思いますけどね(笑)

楽しみにしていてください。

秦野市東海大学前駅で開催されるサッカー元日本代表背番号

10番木村和司さんによるトークショーお申し込みはこちら


更新日時 : 2014年08月28日 | この記事へのリンク : 

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